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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)90号 判決 1969年7月16日

原告 田口専一郎

右訴訟代理人弁護士 原長一

同 佐藤寛

同 増淵実

同 桑原収

被告 株式会社静岡相互銀行

右訴訟代理人弁護士 五十嵐七五治

右訴訟代理人弁護士 堀家嘉郎

右訴訟復代理人弁護士 桑田勝利

主文

被告の原告に対する東京法務局所属公証人稲葉厚作成昭和四一年第三三七二号債務弁済契約公正証書の執行力ある正本に基く強制執行はこれを許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

本件につき、当裁判所が昭和四三年一月一〇日なした強制執行停止決定はこれを認可する。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

一、原告は主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

(一)  原告と被告との間には、債務名義として、主文掲記の公正証書がある。

右公正証書の要旨は、被告は、昭和四一年七月二一日訴外片岡喜美恵に対し、金六〇万円を、割賦弁済を受ける約定の下に貸渡し、原告及び訴外石附貫次は連帯保証人として右訴外片岡喜美恵の右債務の履行につき連帯保証をする旨記載されている。

(二)  しかし、原告は片岡喜美恵の右債務を連帯保証をしたことはなく、前記公正証書の作成を委任したこともない。

その後、原告の調査によると、原告の妻田口敏子は知人の訴外中塚志げ子に頼まれて昭和四一年春頃原告に無断で原告の印鑑を中塚志げ子に貸したことがあるが、中塚は右の印鑑を盗用し、原告名義の公正証書作成委任状を勝手に作成したものである。

(三)  よって、原告は、右債務名義に基く強制執行の排除を求める。

二、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、請求原因(一)の事実を認め、(二)の事実を争い、次のとおり主張した。

本件公正証書は原告の効果意思に基いて真正に作成されたものである。仮にしからずとしても、原告は昭和四二年一二月二五日頃、自己の連帯保証債務を追認し、かつ本件公正証書の成立をも追認した。

三、立証<省略>。

理由

被告の原告に対する債務名義として原告主張の公正証書があり、右公正証書には、原告主張のような要旨の記載があることは当事者間に争いがない。

証人田口敏子、同川岸東の各証言、原告本人尋問の結果を総合すると、原告の妻田口敏子は同人の子供のP・T・Aを通じて訴外中塚志げ子と知り合ったが、昭和四一年春頃訴外中塚志げ子から、被告銀行から金員を借入れるについて保証人が必要であるから原告の印鑑と印鑑証明書を貸してほしい、絶対に迷惑をかけないと申向けられ、敏子はことわりきれず、原告に無断で、原告の印鑑と印鑑証明書一通を志げ子に交付したこと、しかるに、志げ子は右の頂った印鑑を盗用し、被告銀行から、借主を訴外片岡喜美恵、連帯保証人を原告及び訴外石附貫次として、二回にわたって金員を借受けたこと、原告は、被告が本訴において債務名義成立の前提となる証拠資料として提出している債務弁済契約公正証書作成委任状(乙第一号証)、印鑑証明の委任状(乙第五号証)等について、訴外中塚志げ子や借主片岡喜美恵はもちろん妻の田口敏子に対しても、その作成権限を付与したことが全くなく、右の各書面は志げ子により、原告不知の間に原告に無断で作成されたものであることを認めることができる。他にこの認定を動かすに足る証拠はない。

また被告は、昭和四二年一二月二五日頃原告が自己の連帯債務を追認し、本件公正証書の成立をも追認したと主張するが、これにそう証人下野清の証言は具体性を欠くのみならず、証人田口敏子、同川岸東の各証言、原告本人尋問の結果に照らしてたやすく措信しがたく、他に被告主張の事実を肯認するに足る証拠はない。

してみれば、右公正証書記載の訴外片岡の被告に対する金銭債務についての原告の連帯保証は、有効に成立したものとはついえないから、右公正証書は事実に吻合せず、右公正証書に基く強制執行は許されないものというべきである。よって、右公正証書に基く強制執行の排除を求める原告の請求は理由があるから、これを認容する。<以下省略>。

(裁判官 緒方節郎)

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